日本理療科教員連盟ロゴ
文字サイズ変更 標準
            会員ページ
ログイン
MENU

MENU

会長挨拶・コラム COLUMN

令和5年7月:AI時代を生き抜く生徒のための理療教育

第14代会長 工藤 滋 先生

会長 工藤 滋

2016年12月の中央教育審議会答申には、「進化した人工知能(AI)が様々な判断を行ったりする時代の到来が、社会や生活を大きく変えていくとの予測がなされている」と記されており、これを受けて2019年2月に公示された特別支援学校高等部学習指導要領の解説書には、「社会的変化が人間の予測を超えて進展する時代において、確かな学力を育成するためには、主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善が図られる必要がある」と述べられています。

これを読んだ時、私は思わず頷きました。確かに世の中を振り返ってみますと、出先で誰かに連絡しようとした時、以前は公衆電話からかけていましたが、携帯電話が普及し、それがスマートフォンになり、以前は大型コンピュータでないとできなかったことが、個人のスマホでできるようになりました。学生時代、『スター・トレック』のカーク船長は、エンタープライズ号の操縦席から「コンピュータ?」と呼びかけて、対話をしながらコンピュータを操作していました。キーを打たずに声をかけるだけでコンピュータを操るなどということは、SFの世界の出来事でした。それが今はSiriやCortanaに話しかけるだけで実行できるようになっています。科学技術の革新で、手元のスマホに「ヘイ、Siri!! 今日の最高気温は?」と尋ねればすぐに答えを教えてくれますし、スマートスピーカに「Alexa ただいま!!」と声をかければねぎらいの言葉を返してくれます。さらに最近の生成AIは、条件を指定するだけで人が作ったと思うような絵画を描いたり、課題を伝えるだけで立派なレポートを書いたりできるようになりました。もう数年先に何ができるようになっているか、全く予想できない世の中です。

そういう世の中になると、これまでのように知識を記憶しておいて、それを想起できるかどうかという力ではなく、様々な状況に対応して、自分で考え、問題解決していく力が必要になってきます。そこで提示されたのが、「知識及び技能」、「思考力、判断力、表現力等」、「学びに向かう力、人間性等」の資質・能力であり、「主体的・対話的で深い学び」という訳です。

さて、ここで理療について考えてみます。医療面接と診察の様子を録画して、その動画を生成AIに分析させれば、患者の病態を割り出してくれるかも知れません。また、その病態に関係する過去の大量の研究データと照合することで、最適な治療プログラムの提示も可能になるかも知れません。AI鍼刺しロボットが開発されれば、エコーで体内の三次元的構造をスキャンしながら操作することで、目的の部位に鍼先を正確に到達させることもできるようになるかも知れません。

このように考えていくと、理療業もAIに取って代わられるのではないかという不安が頭を過ぎります。でも、おそらくその心配はないでしょう。それは、本当に必要な患者さんの情報は、信頼関係を基盤に、気持ちに寄り添い、心を通わせて施術するからこそ得られるのであって、生成AIが行う単なる情報のやりとりでは入手できないものだからです。また、AIの回答が過去の情報を基に創り出されるものであるのに対して、実際の施術は、施術中に患者さんの心身が発するわずかな信号を元に、その都度試行と判断を繰り返して最適な治療法を決定し施していくものだからです。ただし、これには条件があります。それは施術者が、知識・技能だけでなく、様々な状況に対して思考力と判断力を駆使し、人間性を発揮して対応していける人材であることです。こうして考えてみますと、「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善は、理療関係学科の生徒の将来のために必要な取り組みであることが分かります。

これら3つの学びには、自己のキャリア形成の方向性と関連付けながら学ぶこと、教職員との対話、先哲の考え方を手掛かりに考えること、情報を精査して考えを形成したり、問題を見いだして解決策を考えたりすることが含まれています。これらの視点は以前から理療科の各科目の中で重要視されてきたもので、実際多くの授業の中で実践されてきています。ただ、これまでその発信が十分に行われてきていなかったように感じます。今後はぜひその実践の発表を通じて、情報の全国的な共有にご協力ください。急速な変化を続ける予測困難な社会を生き抜く生徒のために。