会長挨拶・コラム COLUMN
令和6年6月:よりよい授業作りが理療教育の未来を拓く
会長 工藤 滋
文部科学省の調査結果から各都道府県・指定都市教育委員会が実施した公立学校教員採用選考試験の実施状況をみてみますと、受験者総数は、2012年が180,238人、2017年が166,068人、2022年が121,132人と、この10年間で約3分の2にまで減少しています。また、東京都教育委員会によると、2024年度の教員採用選考の受験倍率は、小中高と特別支援学校を合わせた全体で1.6倍と、初めて2倍を切りました。これに全国の視覚特別支援学校の理療関係学科在籍生徒数の減少という状況が加わっているため、近年理療科教員を志望する生徒数は急減しています。しかし、将来の理療教育の担い手は、言うまでもなく若年層の理療科教員ですので、この状況が続けば、極めて深刻な事態に陥ってしまいます。
こうした事態への対策を考える上で参考になる資料があります。それは、2019年に全国の理療科・保健理療科生徒を対象に行った就労に関する意識調査です。この調査では、生徒が理療科教員を志望するか否かは、教員の業務の魅力と負担感のいずれを強く感じるかが影響していると報告しています。このうち教員業務の負担については社会問題化していて、文部科学省の中央教育審議会特別部会や教育に関わる有識者が、時間に応じた残業代を支給することによって残業を抑制する案や、教職調整額の比率を4%から10%以上に引き上げる案などを挙げて、働き方改革や処遇改善に向けた改革を進めようとしています。そのため、近い将来教員の労働環境や待遇は改善されていくことが期待されます。
それでは、教員の業務の魅力は、どうすれば生徒に伝わるでしょうか。私が視覚特別支援学校に勤務していた時、理療科生徒がそれまでの就労先職種を変更したいと言い出すことが時々ありました。そのきっかけは、たいてい職場実習や特別講義での体験でした。おそらく実際にその仕事に就いて働いている方の様子を間近で見たり、強く惹きつけられる出来事を体験したりしたことが影響したのだろうと思います。理療科教員を目指す生徒に受験対策として面接練習をした時にも、生徒は自分が教えてもらった教員を理想の教師像として思い描いていることが少なくありませんでした。つまり、心を動かされるような出来事が、進路選択に影響するのだろうと思うのです。そしてその仕事に就いている者が視覚障害当事者であれば、将来の自分のロール・モデルとしてイメージでき、さらに現実的な選択肢となるのではないかと思います。
みなさんが理療科教員を目指そうと考えた時のことを思い出してみてください。複雑な構造や仕組みを分かりやすく説明するために工夫された自作教材の活用、難解な内容を理解しやすいように考えられたたとえ話による説明、視覚障害に配慮して行われた実技指導、生徒が主体的に正解にたどり着けるように考えられた授業展開、そんな教員の「生徒に分かりやすい授業をしたい」という思いのこもった1つ1つの取り組みが、心に響いたのがきっかけだったのではないでしょうか。
もう1つ、今みなさんが、授業をしている情景を思い浮かべてみてください。みなさんは、生徒の実態をイメージしながら、「教材にどのような工夫を加えたら分かりやすくなるだろう?」、「どのようなヒントを出し、どのような働きかけをしたら、生徒が自分で正解にたどり着けるだろう?」と考えて、時間をかけて授業の準備をしていると思います。そして実際の授業でその説明をしたところ、生徒から「すごくよく分かりました!!」、「そういうことだったんですね!!」という明るい反応が得られたとします。その時みなさんは、とても嬉しい気持ちになるでしょう。そして生徒はきっと、学習内容を理解できたという満足感とともに、教師の発する“教える喜び”も、同時に受け取っているのではないでしょうか。
そう考えた時、教員の業務の魅力を生徒にダイレクトに伝えるいちばんの方法は、よりよい授業作りの実践ではないかと思います。分かりやすい授業は、生徒の学習内容の理解を促すだけでなく、生徒に教師という職業の魅力を伝えることにもなるのです。そして多くの思いのある者が教師を目指すようになれば、そこには理療教育の未来が拓けていくはずです。
理教連のネットワークを活用して、情報交換し合い、励まし合い、喜びを分かち合いながら、日常の授業をよりよいものにしていきましょう。それがひいては理療教育を支える力になっていくからです。