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会長挨拶・コラム COLUMN

令和5年2月:百聞は一触にしかず

第14代会長 工藤 滋 先生

会長 工藤 滋

「百聞は一見にしかず」というのは、「何度も聞くより、一度実際に自分の目で見るほうが勝る」という意味の成句です。これを文字通りとらえると、目の見えない視覚障害者にとっては、随分がっかりさせられる言葉といえます。ところが、この言葉を視覚障害者の立場に置き換えて「百聞は一触にしかず」と言った人がいます。これは最近では、多くの視覚障害教育関係者が口にするようになってきましたが、私が知る限り、この言葉を創り出したのは、岩手県盛岡市にある視覚障害者のための手でみる博物館の初代館長である故桜井政太郎先生であろうと思います。

桜井先生は、私の養成施設卒業後の最初の赴任先である岩手県立盲学校(現岩手県立盛岡視覚支援学校)に勤めておられた全盲の理療科教員で、私の初任者研修の指導教員でもありました。その桜井先生は、よく「視覚障害者は空想の世界に生きていて、真実を知らない。それがとても残念だ。」と言っておられました。それは、目が見えないと耳から入ってきた言葉から、頭の中でその物の形を想像するしかないということを指しています。例えば「エジプトのピラミッドは四角錐の形をしている」とか、「イタリアのピサの斜塔は、円柱形の建物が斜めに傾いた格好をしている」というように、単純な形状のものであれば、言葉から容易にその形をイメージすることができます。一方、小惑星探査機はやぶさや、10円玉の絵柄である平等院のような複雑な形をした物は、目が見えていれば日常的に入ってくる視覚的な情報からその形を自然に知ることができますが、視覚に障害があると実際に模型等に触れない限り、本当の形を知る機会はないのです。場合によっては、幼稚園児でも知っているライオンの形を、目が見えないために大人になっても知らないままということもあり得ます。それで桜井先生は、「視覚障害者に真実を伝えたい」という想いから、私財をなげうって視覚障害者のための手でみる博物館を開館されました。それは、まさに「何度も聞くより、一度実際に自分の手で触れるほうが勝る」という事実を感じておられたからです。

これは視覚障害者を対象とする理療教育においても同じです。触れて分かりやすい教材があれば、生徒は短時間でそのものの形状をイメージすることができ、学習内容の理解が進みます。私の作る模型は、形もいびつで、見栄えの悪いものばかりですが、それでも授業の中では大活躍してくれています。理教連のホームページの会員用ページには、全国の理療科の先生方の指導事例をまとめた『盲学校における理療教育事例集』のPDFとテキストデータが保存されています。ここには多くの自作教材の情報が掲載されていますので、ぜひご参考になさってください。

さて、先月12月18日には、理教連創立70周年記念式典が行われ、それに続けて本当に久しぶりに大人数が集う祝賀会が開催されました。祝賀会では、参加者のみなさんが和気藹々とした雰囲気の中、思い思いの相手と歓談を楽しんでいる様子がうかがわれました。私も、オンライン会議でご一緒していても、実際に直接お会いするのは久しぶりというたくさんの方々とお話しができました。ご挨拶をしながら握手をしたり、会議とは違うその方のかもし出す雰囲気に触れたりすると、短時間であっても一気に距離感が縮まり、深い親しみを感じることができました。「オンラインで何度も話を聞くより、一度実際にその方の雰囲気に触れるほうが勝る」、人と人とのつながりもまた、「百聞は一触にしかず」といえそうです。