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会長挨拶・コラム COLUMN

平成25年7月:リスク・スパイラル

第12代会長 藤井 亮輔 先生

『週間朝日』に“あはき”と医業類似行為関連のルポが連載された。「日本ではカイロプラクティックも整体も施術をするのに資格は必要ない」(5月17日号)という誤解をまねきかねない内容も含まれていたが、この種の記事としては抑えの効いた客観的な筆致に好感が持てた。

例えば、鍼灸を扱った初回(5月3・10日合併号)の記事では、米科学誌『ネイチャー・ニューロサイエンス』に載った鍼の論文や国家資格制度が紹介されていて、担当記者や編集方針の真摯な意図がうかがえた。

鍼の学術といえば、全日本鍼灸学会の学術大会が6月7日から福岡で始まる。例年、会場と周辺は2千人ほどの業者・研究者らで賑わうが、今年は、天神界隈が「鍼灸の祭典」で華やぐことだろう。

この「お祭り」の舞台で興味深い、しかし、ショッキングな調査結果が発表される。矢野忠教授らのグループがまとめた鍼灸受療率の年次比較に関する報告だ。矢野教授らは、2012年の鍼灸(三療を含む)の年間受療率を7.3%とした上で、この受療率が02年から増えていないことを明らかにした。

もう一つ、気がかりなデータが近刊の『明治国際医療大学誌』に載った。2009年に鍼灸単独の施術を受けた国民(通院者を除く)を3.6%(人口換算で約370万人)と推計した上で、1回しか受療しなかった人がこのうちの35%を占めていたことを報じた小論である(藤井ら:2013)。この370万人の標準的な受療回数(中央値)は年間で2回でしかなかった。

受療率と受療回数は市場規模を推し量る欠かせない要素。もし、これらのデータが本当とすると、鍼灸の需要量は小さいまま推移していて、業者の所得額はどんどん目減りしていることになる。2000年以降の鍼灸師大量養成時代を背景に、鍼灸のサービス供給量が加速度的に増えているからだ。

この供給量を統計で見ると、就業鍼灸師数は2000年からの10年間で3割(7万1600人→9万2400人)も増えた。鍼灸だけを行う施術所に至っては1.5倍(1万4200ヵ所→2万1100ヵ所)に急増している。つまり、受療率等の新データは、供給が増え続けているのに需要が増えていない鍼灸市場の「異変」を、可能性として示したものだ。

ちなみに、前述の調査は、二つとも、母集団をかなりの精度で縮約できた標本を使ったこと、標本規模(2000)が比較的大きかったこと、個別面接聞き取り法で行ったことなどから、手前味噌ながら、新データにはそこそこの信頼性があるとみていい。

だとすれば、疑問はいよいよ深まる。鍼灸の学術界が活況を呈しサービス供給量が増えているのに、市場はなぜ縮んだままなのか、と。

学術界の話を補足すれば、鍼灸の学部・学科を持つ大学が11に増え、修士課程を置く大学も4校になった。鍼灸学博士も珍しくなくなり、こうした人材を中心にエビデンスレベルの高い研究論文が数多く発表されるようにもなった。

医薬の世界に限らず、学が栄えれば恩恵がしたたり落ちて業は潤うのが常だ。が、この道理が通らないところに、鍼灸界の陰々としたものを見る思いがする。

もっとも、新データに対しては楽観的な見立てもできる。受療回数の結果で言えば、「1回か2回で病気を治してしまうスゴ腕の鍼灸師が増えている」という仮説が立つかもしれない。

これを検証するのに示唆的なデータがある。鍼灸の受療中断者の理由を調べた矢野教授らの報告(2005)である。これによれば、「効果がない」が42%、「治療が不快」が11%。つまり、鍼灸師の技術力や臨床力に不満や不快を感じて治療を止めた人が中断者の5割以上を占めていたのだ。

このデータから類推すると、受療回数が低迷している理由としては、「1回か2回で受療意欲を削いでしまうような未熟な鍼灸師が増えている」の仮説を、立てざるを得なくなる。

いずれにせよ、鍼灸に対するネガティブなイメージが国民の間に巣くうようになれば、鍼灸の業と教育は早晩、衰退してしまうだろう。“風が吹けば桶屋が儲かる”の話に倣えば、こうだ。

鍼灸の市場が縮むと学卒者の出口が広がらない。いきおい、鍼灸に夢を持つ若者が減って、学校に学生が集まりにくくなる。学校は入り口のハードル(試験方法など)を下げる。それでも集まらなければ教育の質(時間数や教員数)を落としてでも学費を下げて学生確保に走るようになる。こうして養成された未熟な鍼灸師が市場に参入すると、国民の鍼灸離れが進む。結果、市場はますます縮こまる、というリスク・スパイラルのシナリオだ。

このシナリオは、杞憂と思いきや現実と化している。専門学校だけでなく大学さえ定員割れが常態化している事態は、その象徴的な現象だ。そして、「夜間週三日制」(履修時間1500時間余り)という新手の鍼灸師養成課程(岸和田市)の開講(今年4月)をもって、このスパイラルが抜き差しならないところまで進んでいることが明らかとなった。

この「異変」が鍼灸師養成学校の規制緩和(自由化)に端を発していることは論を待たないが、同時に、理療科で学ぶ時間の半分で鍼灸師を合法的に養成できてしまう今の「認定規則」の問題は大きい。

幸い、盲学校ならどこでも養成している、あん摩師へのニーズは高い。前掲の2009年調査では、あん摩単独療法の年間受療率は15%で鍼灸単独の4倍だった。鍼灸とあん摩を併せた「三療」の年間受療回数(中央値)も鍼灸単独の倍の4回で、理療教育制度の恵みを、今さらながら思う。

だからといって、鍼灸界の危機を対岸の火事と見てはなるまい。俯瞰すれば、供給過多に陥った鍼灸界の問題は、新たな無免許あん摩問題を内包しつつ、あはき市場をいっそう混沌とさせる可能性をはらんでいる。

その市場で頼れるのは、業人としての“ホンモノ”の力だけかも知れない。言い方を換えれば、学校の側が、“ホンモノ”に触れ学ぶ場たり得るか否かが試される時代になった。

気を締めなおす意味でも、鍼灸界の危機を他山の石としたい。